揺れる火を見守る午後

揺れる火を見守る午後

― 院長メッセージ・静けさシリーズ ―

 

ある午後、以前Mさんのご紹介で来られたTさんが、
再び福粋の扉をくぐりました。
待合席には、どこか遠くを見つめているような気配が漂っていました。

「脚も怠く重いので、脚もやってください。」
そう言って、Tさんは静かにベッドに横になりました。

前回のお話では、
肩から上が全部おかしいような感覚、
時折キューっと視野が狭くなるめまいのような症状、
そして、車の運転ができない日々の話を聴きました。

今日はそこに、「脚の重さ」が加わっていました。

 

体を検査してみると、
両前腕は少し硬く、首の横の筋肉も固まっていました。
でも、全体のバランスは大きく崩れているわけではなく、
むしろ体そのものの「生命力」は強く感じられました。

「体は元気だけれど、ストレスがとても高いのかもしれない。」
そんな印象を受けました。

 

お話をうかがっていると、Tさんは以前、
「浄化」に関わる商品を扱い、数人の仲間に囲まれていたそうです。
ところが、その様子を見ていた先輩格の人に、
仲間を引き裂かれるようなことをされ、
最終的にTさんだけが一人取り残された――。

「それがトラウマです。」
と、静かに語られました。

その話の途中、室内に少し不穏な気配が流れました。
胸の奥にある「のけ者にされた痛み」が、
空気を震わせているようでした。

 

話を聴きながら、ふと気づきました。
僕自身の軸が、わずかにズレかかっていることに。

そこで一度、自分の中心に意識を戻しました。
足の裏、骨盤の奥、背骨の真ん中――。
第一チャクラと第二チャクラのあたりに
光が静かに集まるイメージを思い描きながら、
深く息を吸って、吐きました。

そのうえで、Tさんの胸の中にある「火」を感じてみました。

ロウソクに灯る火

そこには、小さなロウソクの炎のような火がありました。
ただ、その火は強い風に吹かれているように、
大きく揺らいでいました。

僕は、福粋の静かな施術室の中で、
風のない場所にロウソクをそっと置くようなイメージで、
Tさんの体に触れていきました。

首の横に沿って手を添え、
頭の周辺に優しく触れながら、

「この火が、静かに、まっすぐ立ち続けますように。」

と、心の中で祈るような気持ちで整えていきました。

 

Tさんは、見えない世界を強く感じる人でした。
「病気の人と一緒にいると、その人の症状が自分の体に出てしまう。」
「幽霊は、その辺にたくさんいますよ。」
そんなことを、当たり前のように話されます。

僕には、それが「おかしなこと」には思えませんでした。
ただ、社会とのギャップの中で、
その感受性をどう扱えばいいのか分からず、
長いあいだ苦しんできたのだろうと感じました。

 

医者の「言うことを聞いてください」という圧にも敏感で、
質問もできず、今の病院が“最後の砦”になっている――。
そんな話もしてくれました。

そこで僕は、Tさんの体を
「西洋医学の正常の枠」に無理に当てはめようとせず、

「体は本来、正常に働こうとしている。
その治ろうとする動きを、薬が一時的に抑えている。」

という視点でお伝えしました。
Tさんの体の働きを、少しでも肯定できるように。

 

お話の最後に、Tさんは
「自然の中に入って行くのが好きで、銀杏を拾いに行きたいんです。」
と話されました。

自然の中で癒される感覚がある――。
その言葉を聴いて、とても安心しました。

セルフケアとして、
腰のストレッチと深呼吸を合わせたエクササイズをお伝えしました。
息を吸うたびに尾骨に光が集まるイメージで行なう、
シンプルな呼吸のワークです。

 

施術が終わる頃、
Tさんの体の周りを包む空気は、来院時よりも柔らかくなっていました。
揺れていたロウソクの火も、少しだけ安定してきたように感じました。

自己評価は☆4。
「まだめまいは変わっていないけれど、
前より体の調子はいい気がします。」
そんな言葉を残して帰っていかれました。

 

今回の施術で、僕がいちばん意識していたのは、
「相手の世界に入りすぎないこと」でした。
Tさんの話は、とても多層的で、深く、広い世界を含んでいます。
その世界に巻き込まれず、自分の軸を保ちながら、
必要なところだけそっと灯を添える。

それが、今回の僕の役割だったのだと思います。

施術が終わった後、
不思議と、強い眠気も、重たい疲れも感じませんでした。
「自分の軸を保ちながら、相手の火を見守る」という感覚が、
少しだけ身についてきたのかもしれません。

 

揺れやすい火を消さないように、
でも、自分の火も同時に大切にしながら、
そっと寄り添うこと。

 

Tさんとの時間は、
そんな「火の守り方」を教えてくれた午後でした。
それはきっと、僕自身の成長の物語でもあります。

 

Tさんの前回施術の様子:2つの心に触れて、静けさが広がる日