院長紹介

これが坂本あんらくの整体

坂本院長

「あれだけどこにいっても良くならなかった私の腰が、先生に施術してもらってから気付いたら中腰で家事をしても大丈夫になりました!

「先生のお陰で膝が良くなったので、家のことが随分できるようになってきました。

「整形外科の先生に手術を勧められてどうしようか困っていたのですが、手術を回避できました!今でも信じられません。骨がズレていて元に戻らないはずなのに!」

 

最近はありがたいお言葉を頂くことが多くなりました。

 

整体を始めた時は目だけギラギラしていてとても「楽しい」なんて言える整体ではありませんでした。

その頃は「整体とは」を追い求め、さすらう日々でした。

感謝の整体になる前は‥

「一部の人には全く効果が出せない。」

その難題をどうにかしたい一心で整体を追い求めてさすらっていたのです。

 

今は私が整体に出会ったことに感謝しています。

 

今までの私に関わってきた人たち、これから出会っていく人たちも私にとって大切な人たちです。

 

以前の私は「技術が確かであれば整体で上手くいくはずだ。」と思っていました。

 

技術を求め、心が折れる。

その繰り返しをしていたのです。

 

整体学校に技術を習いに通っていた頃は、先生から「坂本君は筋がいい。」と言われていたので当時は有頂天だったのかもしれません。

 

「技術が確かであればやっていけるはず。」という考えの裏には「自分は人付き合いが苦手だから患者さんとは極力話したくない。」という心理があったのです。

患者さんとは深く関わらず、患者さんの体に手技だけを施す整体をしていた時期があります。

だからと言って今は沢山お喋りするわけではありませんが。

 

その時は気付かなかったのですが、患者さんを見ていなかったのです。

 

そして、好きな整体で苦しむことになったのです。

気持ちと体の声を伺う

患者様

時間があれば上手くいかなかった治療を思い返しては、分析を繰り返して治療技術を磨いてきました。

小さなきっかけから気付きを得て自らの治療を変化させたり、他者の考えを取り入れることで進歩する瞬間も数多くありました。

 

今は情熱を持って続けていくことでその先が開けていく感覚を感じています。

 

先が分からず進んで行くことに恐怖感もありましたので、「このままでいい。」と歩みを止めたこともありました。

 

しかし、「まだ見ぬ回復を肌で感じたい。」という気持ちは常にありました。

 

整体を習いたてで初めて腰痛の方を整体する時は、そもそも人の体を触るのが怖くて、自分の気持ちを落ち着かせながら慎重に整体したのを覚えています。

そして、その方の腰痛が回復した時の高揚感を忘れることはありません。

 

だから、もしかしたら整体を全力でしている時の坂本安楽でなければ人生は面白くないのかもしれません。

 

私が整体の時に意識しているのは、患者さんの声に耳を澄まし患者さんの気持ちをくみ取ること。

そして、患者さんの体からの訴えを患者さんが聞くことができない代わりに私が聞くことです。

 

患者さんは体と対話できないことが多いので、体の望みとは逆に負担を蓄積されているのです。

 

なので今の所、代理で私が体の声を聞いています。

 

患者さんが体の望みを知ることができるようになると健康に近づくのです。

 

そして、患者さんの笑顔が増えていきます。

「整体をしよう。」と行動したのは今から十年以上前

整体を施す側になったのは、私が会社員時代でした。

整体を始めた頃は私がまさか太田市で整体院を営むなんて思ってもみませんでした。

 

「患者さんの不調をどうしたらよくしていけるか?」と整体を続けていたらここまで来ました。

入院した祖母

私が整体を学ぶ前から、祖母が膝と股関節の不調と坐骨神経痛で整形外科をいくつか変えながら通っていました。

祖母の病院の送り迎えなどをして見守っていたのですが年単位で祖母は歩くのが困難になっていったのを覚えています。

 

そのような生活がしばらく続き、寒い日の朝、祖母は倒れ救急車で病院に運び込まれ、病院で脳梗塞との診断を受けました。

緊急入院

そのまま祖母はその病院に緊急入院です。

祖母はそれから数週間、点滴されほとんど眠ったような姿でしたが、お医者さんや看護師さんの方々に祖母の回復を手伝っていただき、日を追うにつれ意識を取り戻し声が出せるようになり食事もわずかですが食べられるようになって回復していってくれました。

 

その当時の私は、会社で仕事を終えて整体学校に行く前に病院にお見舞いに、祖母の手足に習いたてのツボ療法を行っていました。

 

脳梗塞の発症後は体を動かして回復に努めなければ退院後大変になると先生方から伺っていたので、祖母には入院中にできるだけ手足を動かす努力をしてもらって、「家に帰ってからはどうサポートしていくか?」を母と話したりしていました。

おばあさん

季節はあっという間に桜の開花の頃になりました。

祖母の会話も食事も順調に進み、表情も戻ってきました。

補助具を使っての歩行も少しづつできるように回復し、そろそろ「一時帰宅」の文字も見えて来たある日の真夜中、春には珍しい雷が激しく鳴り響きました。

 

雷が静まった後、深夜の自宅に電話が鳴り響きました。

電話は病院の看護師さんからでした。

 

「祖母の脳梗塞が再発した。」とのことでした・・・。

 

私たちが駆けつけた時には回復しかけていたニコニコした祖母はそこには居なく、酸素マスクを口に当てられた、目を背けたくなるような状態の祖母が居ました。

 

祖母の痛ましい状態は次の日まで続き、その日からまた最初に入院した時に入った緊急病棟に逆戻りし、脳梗塞の急患専用の病室に祖母はまた運ばれたのです。

 

祖母の昏睡している横で私の母が1ヶ月前までお世話になっていた看護師さんに「出戻りです。また母がお世話になります。」と涙ながらに言っていたのを思い出します。

 

祖母はその病院に最終的に3か月半入院していたことになります。

祖母は天国に旅立ったのです。

 

私には祖母に何もしてやれなかった事実が残りました。

 

脳梗塞を起こす前、足腰を悪くしていた祖母を乳母車無しで歩けるようにもしてやれなかった。

病院には孫としてお見舞いに行き、元気付けに私の顔を見せに行っただけでした。

 

力のない自分を責めるだけで日々が過ぎていきました。

 

老いや運命はどうにもできないのか‥。

祖母はどうして病気になったのか?

私が幼い頃、祖母と祖父が田んぼで稲作をしている時、幼い私が小さな用水路を渡れないでいると祖母が後ろから「ほっ」と私の脇を抱えて飛び越えさせてくれたり、川にいる生物が私は好きだったので一緒に網ですくったりしたのを思い出していました。

 

私が青年になり、その頃は祖母は膝や腰の痛みを訴え始めていました。

数日おきに整形外科に通っていたのを覚えています。

 

我慢強い祖母なので「痛い。」とはめったに口に出さず、「整形外科に頻繁に治療を受けに行っている。」という心理が働いて、祖母の関節が深刻な状態になっていくことに私は気付けなかったのです。

 

その後は、様々な飲む薬が増え、常に股関節が曲がった状態で脚を動かそうものなら股関節に強い痛みが襲ってくる‥という関節痛としては末期に近い状態に陥ったのです。

そのような状態になって初めて、祖母の関節が深刻な状態になっていることに私は気付いたのです。

 

最終的には祖母は歩くのが困難になり、フラストレーションでお茶菓子の量は増えていき、当然、血の濁りが糖尿病を呼んだり、血液中に血栓を作っていく‥。

 

「おばあちゃん、運動した方がいいんだよ」と声を掛けることも多くなっていました。

そして、脳梗塞の発症。

 

祖母は痛みを我慢し、周りはそれに気付かなかったので、祖母は病気になるべくしてなったようなものなのです。

 

後になって、「傍にいながら‥。」と自分を責めていました。

祖母から気付きをもらう

ある程度期間が経ってから祖母と一緒に過ごしていた時のことを思い返してみると、祖母から温かく大きな気付きをもらったように感じます。

 

祖母は足腰を悪くしたことが病気に繋がったのです。

 

足腰の負担が積み重なって、悪循環の体に陥り足腰が不調になったはずなのです。

 

足腰の回復力が負担蓄積に勝てば、足腰の不調は無くなります。

 

ですが実際は、祖母の体の関節や筋肉に既に負担が蓄積していて足腰に痛みとしびれを発症、そのストレスも更に加わり内臓にも負担を掛けて病気になったのではないか、と推察できるのです。

 

今の私のように過去の私にも知識があれば、祖母の状態に早く気付き関節の痛みも病気にもなりづらかったかもしれません。

患者さんに伝えたい

今のあなたに不調があることで健康に意識を向けることができるのです。

 

不調がなければ体を意識しませんよね?

 

ダイエットもそうですね。

「ふっくらし始めた。」と鏡を見て感じるのでダイエットに意識が向くのです。

 

なので、あなたがどうしたいか決めて行動しようとすることが大切なのです。

 

あなたの体はあなたが決断しないと変化は起こりません。

 

 

ここにあなたの健康をサポートする整体師がいます。

私はあなたの味方です。

 

あなたはきっと大丈夫です。

 

回復力と自然治癒力の活性化

不調がある人は、実感がある無しに関わらず、体に負担を蓄積させています。

 

筋肉が縮まって硬くなることから始まり、悪循環の体になり負の連鎖から負担が蓄積し続け、最終形態の不調という形になります。

 

整体師の私が患者様に出来ることは、不調が回復するように体のポイントに刺激を与えることです。

一定期間、悪循環の体に回復の為の刺激を与えていると、悪循環の体が変化して回復が始まります。

 

いわば整体師の私は、患者様の体が弱っている時に回復力の代わりが出来るということです。

回復力とは、体の負担を減らし不調を治す力です。

 

整体師は患者様の回復力が育つまで悪循環の体に回復へのきっかけの刺激を与え続ける役割なのです。

 

患者様の回復力が育つと、治る体になり、体の中の好循環がキープされます。

この時、免疫力も正常に働きやすくなります。

 

これらの自然治癒力を活性化するのが整体です。

自然治癒力が活性化している体は、長年悪くしてきた部分が時間が経つにつれ最大限の回復をします。

 

体質が変わり、「胃腸の強くなる」「更年期障害の軽減」「むくみの改善」「余分な脂肪が無くなる」「頭の回転が良くなる」などの変化も起こることがあります。

 

回復していかない時は‥

不調になると不調のことばかりを考え、精神的に不安定になる方がいます。

 

「不調が消えなかったら〇〇になるかもしれない‥」という未来を心配している状態では自律神経に負担が掛かり、自然治癒力の活動が下がってしまう可能性があります。

自律神経は心とも繋がっているからです。

 

参考ページ:自律神経

 

不調と体のネガティブな変化

「不調が出る」ということは「不調の原因がある」ということです。

 

基本的に体の回復力で不調は治っていきますが、悪循環の体になっている間は不調は治りません。

 

私は体の不調改善の仕事をしていますので、不調が出ている体の状態を検査することで回復への対策を立てることができます。

 

不調が出る時は、必ず体がネガティブに変化してから、不調が出る過程を辿ります。

 

ですので、患者様の体のネガティブな変化を調べることが、改善への糸口になるのです。

不調を強制的に消したり、感じないように蓋をしていては、改善の糸口を掴むことはできません。

 

体の根本のネガティブな部分を冷静な目で見ることで、「より良い健康な人生に繋がる」と言えるのかもしれません。

 


整体院福粋へのアクセス情報

住所

〒373-0852

群馬県太田市新井町515-5

ヤマキビル1階 西側

予約 完全予約制とさせていただいております。
※ご予約の変更は必ず前日までにご連絡ください。
電話 0276-60-5024
アクセス

太田市役所より徒歩1分。
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当院にご来院の際は守屋建設さんとおおぎやラーメンさんの駐車場に停めないでください。