静けさシリーズ「他人に合わせてきた生き方を、そっと卒業する日」
整体院 福粋(ふくすい)の坂本です。
ここ最近、福粋までの通勤中や院にいる時間に、ちょっとした「イラッ」とする出来事が続いていました。
外で車のドアを何度もバタンバタンと閉める音。
福粋の外から聞こえてくる物音。
「タイミングがかぶらないように」と、人の動きを待ってから自分が動いてしまうクセ。
ひとつひとつは、よくある日常の風景かもしれません。
でも、統合ワークと再設定を続けていると、ふとこんな言葉が浮かびました。
「あれ? これは、外側の出来事というより、
僕の“中”の工事が進んでいるサインなのかもしれない。」
ドンドンという音は、僕の中の「古いパターンの建て替え工事」のようにも感じられました。
他人の動きに合わせてしまう自分
僕には、昔から
- 相手のタイミングに合わせてしまう
- 相手の気配に過敏に反応してしまう
- ぶつからないように、自分の存在を小さくしてしまう
そんな生き方のクセがありました。
たとえば、隣の方が帰るまで院を閉めるのを待ってしまったり、出入りがバッティングしないように、こちらの動きを調整してしまったり。
それは一見「配慮」のようですが、奥をたどると、
「自分より相手を優先してしまう癖」
「自分のタイミングよりも、相手の動きを優先してしまう癖」
が、ずっと根っこにあったのだと思います。
夢が見せてくれた「楽しい葬儀」と、開いていく身体
そんな中で見た、ある日の夢が印象的でした。
一つ目は、「楽しい葬儀」をしているような場面。
普通、葬儀というと重いイメージがありますが、夢の中では、なぜかそこに暗さがなく、むしろ「やさしい終わり」のような空気が流れていました。
もう一つの場面では、バレエの先生がストレッチをしていて、腰から下の両足を大きく開脚していました。僕もそれに習って、一緒に身体を開いていく…そんなイメージでした。
この二つの夢を振り返ったとき、ふと腑に落ちたのです。
「あぁ、いままでの“他人に合わせて生きてきた自分”を、そっと見送っているんだな。」
「そして、新しい“自分の軸で立つ生き方”へ、身体ごと開き直しているんだな。」
そう思うと、胸のあたりと腰から下が、すっと軽くなるような感覚がありました。
三段階の静けさワークと、「私の流れで存在する」という宣言
その日、僕はいつもの統合ワークに加えて、三段階の「静けさワーク」を丁寧に行いました。
- 胸の奥にある、薄い桃色の静けさに気づくこと。
- 胸から丹田まで一本の縦の軸を通し、自分の中心を取り戻すこと。
- その軸を背中側まで広げ、“過去の反応パターン”を静かに手放すこと。
最後に、心の中でそっとこう宣言しました。
「私は、私の流れで存在する。」
その瞬間、不思議と体が軽くなりました。
「合わせなくてはいけない」という力みが、体のどこかからスッと抜けていったような感じがしました。
他人に合わせない静けさの中で
もちろん、これから先も、人との関わりの中でイラッとすることは起こると思います。
ただ、そのたびに
- 「相手の動きに合わせなきゃ」と自分を小さくするのか
- 「私は、私の流れで存在していていい」と、自分の中心に戻るのか
選ぶ地点が変わった気がしています。
静けさの中で体が回復していくように、心もまた、静けさの中で本来の自分のサイズを取り戻していくのだと思います。
もし、あなたにも
-
- つい人に合わせすぎてしまう
- 相手の気配に疲れてしまう
- 自分のタイミングを後回しにしてしまう
そんな感覚があれば、深呼吸をひとつ置いて、心の中でそっと言ってみてください。
「私は、私の流れで存在していていい。」
その一言が、あなたの体と心に、新しいスペースをひらいていくかもしれません。
整体院 福粋(ふくすい)
坂本 安楽

